東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)135号 判決 1985年11月25日
原告 甲野太郎
被告 最高検察庁
右代表者 検事総長
<ほか一名>
主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 請求の趣旨
1 原告が被告東京地方検察庁八王子支部に対して昭和六〇年三月二六日付け告訴状及び告発状を郵送し、乙山春夫を名誉毀損、侮辱、暴行及び傷害の各罪で告訴し、同人を強盗、窃盗、詐欺及び「脅喝」の各罪で告発したことに対し、同被告が右乙山を訴追しないことは憲法に違反し、同被告の右不作為が違法であることを確認する。
2 被告東京地方検察庁八王子支部は原告に対し金六〇二〇円を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の原因
1 原告及び乙山春夫(以下「乙山」という。)は府中刑務所に服役中の同房者であるが、昭和六〇年三月二一日午前九時ころ府中刑務所内雑居房四舎階下一八房において、乙山は、突然激昂して約四〇分間にわたり原告に罵詈雑言を浴びせたうえ、原告を殴打して全治一〇日間の打撲傷を負わせた。
2 原告は昭和六〇年三月二六日付けで右犯罪事実を申告し乙山を傷害、暴行、名誉毀損及び侮辱の各罪で処罰することを請求する旨の告訴状を作成して被告東京地方検察庁八王子支部(以下「被告地検八王子支部」という。)に郵送した。
3 また、原告は右同日付けで、昭和五七年一一月から同五八年三月までの間、都下、横浜及び山梨県において乙山が「ヘイカワナツオ」外一名と共同あるいは単独で強盗及び窃盗をしたとの犯罪事実で乙山を告発する旨の告発状を作成し、被告地検八王子支部に郵送した。
4 その後、原告は、被告地検八王子支部がなんらの応答もしないので、昭和六〇年四月から九月にかけて上申書等を同被告に郵送し起訴・不起訴の回答をするよう求めたが、同年七月二六日に原告に対し被告地検八王子支部の検察官が告訴事実について事情聴取をしただけで、右被告の回答がなされず、原告の告訴・告発した事件は捜査もせずに放置されている。
被告地検八王子支部は、原告の告訴・告発に対して誠実にその職務を遂行していたならば、容易に乙山を強盗罪等で訴追しえたはずである。
5 被告地検八王子支部が憲法に保障された原告の裁判を受ける権利を侵害、妨害し、不作為のまま放置した所為の違法は、乙山を告訴・告発してから六箇月余りの間に公訴を提起しないことから明らかであり、同被告は早急に乙山を暴行、傷害、名誉毀損、侮辱、強盗、窃盗、詐欺及び脅喝罪で訴追する義務がある。
6 被告検事総長は検察庁法七条により被告地検八王子支部を指揮監督する責任がある。
7 原告は、前記4の被告地検八王子支部の違法行為により次のとおり金六〇二〇円の損害を被った。
《中略》
よって、原告は、被告地検八王子支部に対し請求の趣旨第一、二項記載の、被告検事総長に対し同第一項記載の判決をそれぞれ求める。
理由
一 まず、本件訴状のうち、請求の趣旨第一項にかかる訴えは、いずれも行政庁としての検事総長及び東京地方検察庁八王子支部長たる検事を被告(被告適格は別論)として、憲法違反の確認と同被告が乙山を訴追しないことの違法確認とを求めるものと解されないではない。
二 そこで、まず憲法違反の確認について判断する。
裁判所は当事者間に具体的な権利義務の紛争がある場合に、その事件に対する結論を導き出す過程で必要な限度において具体的事実について法令の解釈・適用の判断を理由中で示しうるにとどまり、その解釈・適用の結果たる法律関係を離れて、抽象的に行政庁の特定行為が憲法その他の法令に適合するか否かの判断を主文において宣言する機能を有するものではない。また、右のような抽象的に違憲であることの確認を求める訴訟には確認の利益も存しない。したがって、憲法違反の確認を求める右訴えは不適法である。
三 次に、乙山について公訴を提起しないことの違法の確認を求める訴えについて検討する。
右訴えの趣旨は必ずしも明瞭でないが、被告地検八王子支部長以下の同支部検察官に乙山を訴追する義務があることを前提にして、行政庁の作為義務確認を求める趣旨であるならば、現行法上準起訴手続のほかは公訴権は検察官に専属し(刑訴法二四七条)、裁判所が公訴提起の可否に関与することは認められていない。そして、このことは、検察官を訴追の当事者として裁判所とは全く権能を分化させた現行刑訴法の基本構造に由来するから、検察官の公訴権行使を裁判所が掣肘する結果をもたらす右のような訴えは現行の法制度上許されるものではなく、無名抗告訴訟としての一般的な許容性を論ずるまでもなく本訴は不適法である。
また、右の訴えは、原告のした告訴・告発に対する被告の応答がないという不作為の違法の確認を求める趣旨で、行訴法三条五項所定の不作為の違法確認の訴えとして提起されたものとも解される。
そこで検討するに、告訴・告発は捜査機関に対し犯罪事実を申告し犯人の処罰を求める意思表示であり、それが訴訟条件となる場合があるとしても、公訴権は検察官が公益の代表者として独占し、犯罪の嫌疑がある場合にもなお起訴、不起訴の選択をする権限を有しているのであって、検察官が公訴を提起するのは、専ら社会秩序の維持等の公益的観点から被告人に刑罰を課することを求めるものであり、告訴・告発のあった事件についても、法律上は告訴人(被害者)・告発人に代わり又はこれらの者の個人的利益のために捜査及び訴追をするものではないから、告訴・告発は、とくに前者は告訴権(の行使)とも称されることがあるが、いずれも、検察官の処分との関連でみれば単なる犯罪捜査の端緒に過ぎず、職権の発動を促す作用をもつにとどまり、検察官が告訴人または告発人に対して終局処分をなすべき義務を負うという公法上の法律関係を成立させるものではないと解すべきである。告訴・告発を受けた検察官の終局処分の時期が諸般の事情から遅速を生じることがあるとしても、それは検察事務の特殊性のゆえに検察官もしくはその所属検察庁内部の自律に委ねられているものと考えるべきである。現行法は、告訴人・告発人の意思を尊重し、告訴・告発のあった事件につき検察官が終局処分をしたときは速やかにその結果を告訴人・告発人に通知すること(刑訴法二六〇条)、請求があれば不起訴の理由を告知すること(同法二六一条)を定めているが、これは主として検察官の訴追裁量の行使の適正を監視させ、間接的にその濫用を抑制させる公益上の必要から設けられているものであって、検察官が告訴人・告発人に対し処分義務を負い、告訴人・告発人が行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」者の地位を取得したことを意味するものではない。
したがって、原告のした告訴及び告発はいずれも行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」にはあたらず、告訴・告発にかかる事件について検察官が捜査や終局処分をしないことは、不作為の違法確認の訴えの対象とはならないものというべきである。
四 最後に、損害賠償を求める訴えにつきみるに、被告は分離前の相被告国の機関に過ぎないから、民事訴訟上の当事者能力を有せず、右訴えも不適法である。
五 よって、原告の訴えは、その余の点について検討するまでもなく、いずれも不適法であり、その欠缺は補正することができないから、その余の点について審究するまでもなく、行訴法七条、民訴法二〇二条により本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本和敏 裁判官 塚本伊平 大島隆明)